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2014年3月25日 (火)

ジョセフ・キャンベル

今日は今週末にご一緒する、わたしが思う日本で数少ない真の
アーティストと呼べる唄い手さんの一人、Ayuoさんとリハーサル。
そのときに、メルロポンティの話から発展してジョンケージのエピソードを聞かせていただいた。といっても主題はケージではなくて、ケージが同居していたことのあるジョセフ・キャンベルという神話学の学者の話。
ジョセフはハーフマラソンで世界記録をもっていたこともあるほどのアスリートでもあったと同時に超一流の神話学の学者でもあった。最愛の妻はコンテンポラリーダンス創成期のダンサーであり、世界中の神話を研究してまわったわけだけれど、その中で彼はその土地に定住していないからこそもっている客観性といものも大切にしていたようだ。
一つの場所(土地のみならず、それは人や文化、風俗、様々なものを指す)にとどまり続けると失う客観性を無くすということは、何かを創造するエネルギーやきっかけを失う事にもなる。その善し悪しは好みの問題なので定住、主観型がけして悪いとはいわない。映画おもひでぽろぽろではむしろ主人公は定住主観型の美しさに惹かれてそちらに入って行こうとするのだから。
どういうわけか、自分はこの放浪客観型でいないと不安になる。もしどこかに定住して一つの価値観に基づいてひとつのことをつきつめていったら、本当は生きているあいだに観ておきたかった景色や植物や動物、聞いてみたかった音や知りたかった言葉があったかもしれないのに、もしくあかいでみたかった香り。まったくそんなものにもかすらず死んで行くんじゃという不安にかられて。
ジョセフキャンベルの研究は世界中の神話は比較して、そこからわかることを見つけて行くという作業の連続だった。そして、それはひとつひとつの神話を客観視できるからこそ分かることがたくさんあったのだ。
日本人は外国の文化で生活をしている民族でもある。となればそのような客観的な視点や立場を活かさないのはもったいない。さもなければ、外国人になるか異邦人になる方がよっぽど幸せかもしれない。

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