高野山でライブ

来週の土曜日 6月14日に高野山でライブします!!

おととし、天才ピアニストの中村天平くんとライブしていらいこんなにすぐまた行く事になるとは思わなかったけどこれも何かの縁なのかな。

今回は小島章司さんという日本フラメンコ協会の会長であり、日本やスペイン国王から勲章や様々な表彰をされている日本を代表する日本のフラメンコの草分け的な方のライブで、空海に捧げるというテーマのライブ。

小島さんの名前は昔から知っていたけど、実際お会いしてどういう方なのか、どういう踊りをするのか、どういうライブになるのか、とてもリハーサルに行く前から楽しみにしていたけど、実際もっている空気感、自分の空間、時間を創れるアーティストで、物語やフォルムがしっかりした内容で、音楽もしっかり創られていてほんとにこういうライブがしたかったな!!というライブで。精神的にもすごい入っていけるし、いい意味でも緊張感もあって。

踊り手さんがそこで出したい音、表現したい事、必要な空気をすぐさま感じ取ってしっかり音でそこで出せるようにしたいというのが今回の自分のテーマで。スペイン人から意味不明な音の要求や、すごい難しい要求もされたりするけど、それはそれで自分の引き出しを増やすことになるのですごい面白いし。

何より今回は空海に音を捧げるということで全員生音。ギターも歌もマイクなしというすごい状況で。トリの声とかがぴよぴよ聞こえてたり。こういう自然の中で、山の中で、エネルギーのあるお寺で演奏するのも念願だったのでそういう意味でもとても嬉しいし楽しい。空間的なエネルギーも感じとって演奏したいなという感じ。

すごい覚える事、創らなきゃいけないことが多すぎて2週間、これにかける感じで、他の練習とかもしてる暇がないけど、その合間にも他に大切なお仕事もあるから、やばいぜってかんじだけど、これに全力をかけられる感じがまた楽しい。

というわけで、関西方面にいる方でお時間あるかた、少し足を伸ばしてこのライブ、とても素晴らしいししかも無料なのでぜひお越し下さい!!関東からもぜんぜん来てみる価値ありなライブです。

まず子供用の伝記で空海の勉強しなくちゃな。

6月14日 高野山にて

『聖なるいのち 〜空海に捧ぐ〜』
弘法大師降誕会(こうたんえ)「青葉まつり」前夜祭
午後5時30分〜6時30分 雨天決行
会場 高野山真言宗総本山金剛峯寺 大伽藍「金堂」境内
入場料 無料
出演 踊り: 小島章司
声明: 僧侶10名
カンテ: アギラール・デ・ヘレス/ホセ・デ・ラ・マルガラ/ミゲル・デ・バダホス
ギター: 高橋紀博/フェルミン・ケロル
バイオリン: オレ
チェロ: 翠川敬基
お問い合わせ 小島章司公演事務局 Tel. 03-3498-0923
金剛峯寺宗務総長公室 Tel. 0736-56-2011(代)

http://www.shojikojima.com/jp/news/next.shtml

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愛しの80年代、90年代

80年代の音楽が本当に大好き。サウンド、メロディー、ハーモニー。

なんかださいんだけど新しい。古いんだけど真新しい。とても個性的でいてすごいいろんな音楽が交差しはじめた時期で。

最近のこじゃれたトラックより80年代のころの打ち込みの音が好きだな。シンセの古い感じとか。テクノロジーが発達してない分センスでがんばるところとか。

わが横浜、みなとみらいも今や桜木町の駅周辺はビルビルビル。90年代はあそこにはお花畑と空き地しかなく、ランドマークタワーがぽつ~んとたっていただけで。臨港パークにいっても人もほとんどいないでただただひたすら夕暮れがきれいで夜の海がきれいだった。

その広いかんじ、人も少ないのにとても素晴らしい空間が広がっているという贅沢な場所を歩きながら音楽を聴くのがたまらなく好きだったな。

また、そんな場所はどこかにあるかもしれないから歩いてれば見つかるかもしれないな。

先日、目黒の庭園美術館というところの世界の庭園というところにいったけどそれもなかなか面白かった。

もう2000年代も終わりに近づいているけど、そろそろ2000年代の魅力でも探してみるかな・・・。お、おそいかな・・

八景島の白イルカにも長らくあってないな。よし、イルカに会いにいこう。

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ジャズスタンダードライブ

おそらく日本に帰ってきて一番まともにスタンダードばかりを演奏した日だったのではなかろうか。とても素敵な経堂にあるカフェ・ダイニング素久さんで演奏してきた。

今日のテーマは自分の心に一番響く音を探しながらインプロヴィゼイションをしようということ。細かいコードチェンジに執着することもスケールも組立も関係ない。ぶっとびたければどこへでもぶっとぶ。ただただひたすら感情の赴くままに、むしろ感情が欲する音を、心に一番響く音に耳を澄ませるということ。

だから、間違えたりもしたけど、なんか音楽してるっていう気がしたし楽しかった。

スタンダードをちゃんと聞かせる。それもジャズミュージシャンとしての醍醐味の一つでもある。そして、それが自分らしく演奏できればなおうれしいことだ。

最後に演奏した曲は、まだプロになる事を目指し始めた早稲田大学生のころ、知りあいの方が早稲田のカフェでコンサートを企画してくださってその時一人で演奏した曲。あれが人前でジャズのスタンダードを始めて演奏した曲だった気がする。そういう意味でも感慨深い時間であり、そして自分の心の響く音をその一瞬少し掴めた気がした。

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夢レコーダー

子供の時から欲しかったもの。それが夢レコーダー。DVDのように

朝起きたらその日にみた夢が録画されていて見れるの。

子供の時から壮大な夢をよく見ていたけど、もしこの夢の機械があったら

小説が何本かけていたことだろうか。映画が何本できていただろうか。

それになんといっても夢の中で浮かんだ、あ、このメロディーいいじゃん!!っていう

メロディーを夢の中で忘れてしまうのが惜しい・・・

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ただただ歌う


何も考えないでただただひたすら歌う。自分の心の一番響く音を探しながら、
耳を澄ませながら

音楽をただただ歌う。

そんなインプロヴィゼイションをしてみようと思う。

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beautiful dreamer

Beautiful dreamer  

色とりどりの星を
みんなそれぞれ手に握りしめ
駆け出していったけど
僕はまだ、こうしてたたずんでいる

小さな泣き虫は静かにほほえんで星空を見上げ、一人になっても

Beautiful Dreamer

青い星、見つめてた
蜃気楼に一人ずつ、かけだしていったけど
僕はまだこうしてたたずんでいる

小さな夢の石、そっとひろって手のひらに握りしめ
僕もかけていく

2006 Oct

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カナリア

ある日そのカナリアは突然やってきた
カナリアは美しい歌声で聞いた事のない美しい歌を聞かせてくれた
その日から、雨の日も風の強い日も、夜明けの時も夕暮れの時も
美しい歌を聞かせにやっていてくれた

透明で、透き通るような美しい声
時にとても甘く柔合い声
そして時には強く激しい情熱的な歌声だった
目を閉じて、じっと、そっとその歌声に耳をすませると、まるでどこへでも行ける気になった

カナリアの歌を聞くと、不思議に楽しい気持ちになった

そんな夢のような日々がいつまで続くだろうと、ある日思うようになった
カナリアは明日もやってくるだろうかと思うようになった

梅雨の季節がまたやってきて、雨宿りにカナリアはまた雨の歌を聞かせてくれた。

けれど、ある日からカナリアは歌を忘れたように歌わなくなった
一生懸命を声をふりしぼるようにだそうとしているようだった
まるで表情が消えていくようにカナリアは遠くを見つめるようになった

そっと目を閉じてカナリアの歌を思い出した。今度は自分がカナリアにむかって
精一杯大きな声でカナリアの歌を歌った。

カナリアは美しいさえずりとともに大空へときえていった。

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大きな穴 光の群れ

ハーメルンの笛吹きというドイツの童話がある。

街中にネズミがあふれてどうしようもなくなったとき、不思議な男が現れて
約束の報酬をくれればネズミを全て街から消そうといった。

男は不思議な笛の音色でネズミたちを誘い、川までいってネズミたちは皆溺れ死んだ。
そして、市長は男に約束した多額の報酬はあくまでものの例えとでもいうようなかんじで
その額は支払えないといった。

男は怒って街中の子供たちを不思議な笛の音色で連れ出し、山の中へ消えていった。
たった一人、足の悪い子供だけがついていけず街に帰ってきた。

大人たちは子供たちを探したけれども見つかれ事はなかった。もし次に男が現れたら財産も何でも与えるから許してもらおうと思った。けれどそれ以来その街にはその男も子供が現れる事も2度となかった。130人の子供たちが失踪し、二度と戻らなかったという事実は歴史書にも残る本当の話だ。

きっと、親たちの心には大きな穴ができただろう。どうしてそんなことになったのだろうと思っただろう。歴史的な分析によると様々な説がある。病気による隔離説や十字軍など。

現在のハーメルンは5万9千人の人口がいて、もちろん子供もいる。

長い時間が流れて失われたものは、長い時間をかけて別の形に形を変えていく。

大きな穴があいたところには、それと同じ大きさの分だけ同じ輝きのものを見つけられるスペースができる。まるでブラックホールに光まばゆい星が吸い込まれていくように、その大きな穴には光輝く何かが新しくやってくるに違いない。

笛吹きの役割は、あえてその穴を一度あける事で人々の意識を目覚めさせる道化役だったのだとおもう。

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ジブリ

三鷹の森ジブリ美術館にいってきた。

10年近い念願の場所だった。できてからずっと行きたかったけどついに!!

箱根にある星の王子様ミュージアムがモデルになってるのかなあという気がした。

特筆すべきはその完成度の高さと世界観のすごさ、そして何万色とつかっているんではないかという
色彩の繊細さ細かさ。

一つの作品のために多くの人が力と時間を結集してできた結晶。それがあの映画の一つ一つ。
音楽でそこまで力をかけて作品やライブを創るという事はとてもまれなことなので本当にうらやましく
思ったし、とても大きなエネルギーやインスピレーションを受けた。

本当にいいものを創るというのはああいうことなんだなということを本当に実感しながらも
単純に精神年齢子供で楽しんでしまった。

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バッテリー

スポーツと音楽とはほんとに共通することが多いい。スポーツのどきゅメタリーやメンタリティー、練習法や考え方など本やyoutubeで見ていてもほんと面白いし勉強になる。

楽天の野村監督やオシム前日本代表の話などとても興味深い。

中でも最近すごいなと思うのが野球のキャッチャーというポジションだ。


キャッチャーというのはまず、女房役というだけにチームにいるピッチャー一人一人のことを何より理解している必要がある。どんな性格をしているのか、どんな得意な球があるのか、どんな状況で燃える性格、もしくは意気消沈してしまう性格なのか。とにかくそれぞれのピッチャーの魅力を最大限に引き出すために一人一人の武器、長所、個性を最大限に引き出すことをひたすら学んで日々磨いている。

そして、さらにいえば全相手チームのバッター一人一人を打ち取るために、相手チームのバッター全員の得意、不得意、性格、個性、長所短所を把握していなければならない。そして、最もチームで冷静で落ち着いていてチームに落着きをもたらさなければいけないうえに、常に試合の中で味方の守備位置の調整など全体も常に見えていなければならない。

横浜にいる野球界で最年長45歳を越える工藤投手に至っては選手を育てるために技と相手に打たれるところに指示通り投げて失敗させてキャッチャーを育てるらしい。そうしてマリナーズの城島は育ったらしい。

逆にいえば、もしそのキャッチャーがピッチャーがどんな得意な球が投げれるかもわからなければ、その球をどの場面で、どう引き出して、どう使えば相手を打ち取れるのかまったく理解しないでただ自分のノウハウだけでリードをすれば結果はもちろん相手に打たれまくってぼろ負けをするだけだ。

つまり、誰よりも野球のことを理解していて、味方も相手のこともすべて誰よりも理解していなければならないのがキャッチャーという職業だ。これは音楽に例えると指揮者や伴奏楽器といえる。

オーケストラの団員やバンドのベースやドラムは内野手、外野手という感じだろう。ソリスト、歌手、フロントマンはまさにそのピッチャーといえる。

このバッテリーの共通理解、共通の会話がより高次元で成立しないと音楽においても相手を打ち取る、音楽でいえば観客の心を打つということはとても難しいと思う。

よいキャッチャーとはピッチャーの力を120パーセント引き出せるキャッチャーなのだ。野村さんはこれをキャッチャーとは人間学そのものといっていた。

オシム監督はこれを水汲み役といっていた。全員がスターでは勝てない。どこかで汗をかいてチームのために走る選手、犠牲になる選手がいなければ勝てないといっていた。いいバンドにもたいがいその水汲み役がいる。オールスターのようなバンドとはたいがい面白くない。ただその水汲みのレベルがキャッチャーの例のように半端無い人間力と理解力を要するけど。サッカーでいえばボランチだな。って話おわらないから、いかにキャッチャーがすごい人か、そういう人が貴重かというお話。野村さんはただのぼやきじじいではないですな。

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